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水曜日, 2月 5

パッカーズ番外編① 正義を追い求めた男、ドン

ドンには、彼の人生を一変させる忌まわしい事件があった。

ドンは、若かれし時、弱者を守り、悪を制し、秩序を保つ正義を貫くために正義隊に入隊した。正義隊とは、犯罪の取り締まり、犯人逮捕を担うチームのことだ。
ドンは、誰よりも正義感に溢れる男だった。彼は異例の早さで出世し、ついにエリートが集まる宝石市の本部に配属となった。そこには、ドンが憧れていた正義隊の隊長、ミスターライトがいた。ミスターライトは、数々の事件に関わってきた、生きた伝説、と言われる人物だった。我が国最大の組織と言われたスリースターの解体を主導したのも彼だった。

ドンは、そのミスターライトに憧れて正義隊に入隊したと言っても過言ではなかった。

ドンが担当になったのは、宝石市最大の犯罪集団、クライム団のヘッド、ドクターブラックが起こした事件だった。憧れの人の近くで働けることとなってドンは一生懸命働いた。

彼は次から次に事件の真相を突き詰めて行った。そして、なんと当初、指令をうけていなかった、ドクターブラックを逮捕できる徹底的証拠を突き詰めた。

その功績をあげた当日、逮捕を翌日に控えた日に、彼はミスターライトのオフィスに呼ばれた。それは、ドンが、ミスターライトと話す初めての機会だった。ドンは、ワクワクしていた。仕事だが、正義とは何か、そんな精神論も是非教えて欲しいと思っていた。

ドンがオフィスに入るとミスターライトは、葉巻を吸いながら、彼を迎えた。ドンの1メートル80、体重90キロの巨大が、1メートル90、体重120キロのミスターライトの前では小さく見える。

「座りたまえ」

「失礼します」

ドンは、ミスターライトはの机の前の椅子に腰掛けた。

「単刀直入に言おう。ドン君」

椅子にふんぞりらかえりながらミスターライトは言った。

「明日から、君は、石炭村の正義担当になってもらう」

「はい?」

「今日をもって、ドクターブラックの件には一切口出しをするな。荷物をまとめて、石炭村の勤務に、明日の8時から従事するように」

ドンは、一瞬、何を言われているのか理解できなかった。正義の為にがむしゃらにやってきた。それなりの功績を上げてきたつもりだ。それに、今日、今までにない、ドクターブラックを逮捕する証拠を見つけた快挙を上げたというのに、地方の石炭村?実質、左遷じゃないか。何より、ドンには、自分の左遷により、宝石市の一番の悪をみすみす見逃すことが我慢ならなかった。

「隊長!楯突くわけではありませんし、自惚れているわけでもないですが、この事件解決には、事件当初から関わっている私が必要だと思います。あと1日で、ドクターブラックを捕まえてみせます。どうか、1日猶予を頂けませんか?確実にやりとげますので」

ミスターライトは、葉巻をすって煙を吹く。

「駄目だ。大体に、君の当初の任務はなんだ?クライム団が商売として営む、中毒性があると言われる音楽家の仮装舞台の摘発だろう。ドクターブラックを捕まえるなんてものじゃなかったはずだ。余計なものに顔を突っ込むな」

ミスターライトは、葉巻から出た煙を目で追いかけながら言う。

ドンは、そのとき悟った。自らの左遷は、何らかの理由で、ドクターブラックを逃がすための、図らいだと。

「隊長。どのような背景があるかは分かりませんが、私には正義を貫く使命があります。明日の異動の件、いくら隊長からであっても、うけることはできません。私には、正義を曲げられませんから」

ミスターライトは、目を細めて、そして、葉巻を灰皿にグリグリと擦り付けた。そして、前のめりになり、声を低めて言った。

「なあ、ドンくん。君には、綺麗な奥さんとかわいい息子さんがいるようだねえ。ずいぶん、かわいがってるみたいじゃないか」

ドンは、我慢ならなくなった。そして、ついに声を荒げる。

「それが!これと!どう関係があるっ!」

ドンの巨体から出る怒鳴り声は机をミリミリと震わせた。

だが、ミスターライトの巨体は、それに全く動じない。

「関係があるかどうかは自分で考えたまえ。それだけ、怒るところを見ると、さぞ家族が大事なんだな。やはり、明日、転勤して、家族と幸せに暮らすがいい。それがいい」

今まで、伏目がちで喋っていた、ミスターライトは、急にドンの目をグッと見返した。ドンは、その時、ミスターライトの瞳の奥におぞましい何かを感じた。身震いする体を抑えるドン。

「いや、家族と幸せに暮らしたいなら、明日から石炭村に行く。それしかない」

ドンは、怒りに震えながらも、一言も発することが出来なかった。そして、ミスターライトは、更に、低く、ゆっくりとした口調でドンに詰め寄った。

「正義とはな、悪でもないし、もともと正義でもない。勝つから正義になる。これを、よく、覚えておくんだ」


ドカン!

ミスターライトの机には、垂直に振り下ろされたドンの拳がめり込んでいた。

「決着をつけましょうよ。正義は勝ち負けで決まるもんじゃない。正義は正義。悪は悪。これが僕の考えです。どちらがただしいか、白黒つけましょう」

ドンは、ミスターライトの部屋を後にする。表情をひとつ変えないミスターライト。



その翌日、ドンがドクターブラックを逮捕したことは新聞に大々的に取り上げられた。彼はたちまち宝石市のスターになった。家族は正義隊の護衛部隊で完全防護をする用意周到振り。正義のヒーロー。そう新聞各社は彼を持ち上げた。正義隊の中では表彰をされ、昇格も決定。
そして、間も無く、ミスターライトは辞任をした。ドンが、ミスターライトのことをを告げ口をしたわけではない。事件後も彼の立場は確固たるものだった。男のケジメというものか‥。ドンは複雑な思いでいた。

ミスターライトが旅立つ時、彼はドンにこう言った。

「男は、勝ち負けが全て。負けたら、勝者に従わないとね。そうだろ?ドン君」

ミスターライトは、口が裂けそうなくらい大きく微笑み、その場を後にした。

隊長として引き継ぐことになったドンは、ミスターライトがいなくなったオフィスに、一人座っていた。真夜中、誰もいなくなった事務所。ドンはミスターライトとのやりとりを思い出していた。

(余計なものに顔をつっこむな)

俺は、踏み込んではいけないものに、踏み込んではしまったのか?いや、それが正義だ。俺は正しいことをした。

(家族と幸せに暮らしたいなら、明日から石炭村に行く。それしかない)

(男は、勝ち負けが全て。負けたら、勝者に従わないとね。そうだろ?ドン君)

その言葉に続く彼の笑み。ドンは、ブルッと武者震いした。そして途端に、急に嫌な予感がして彼は家に急いだ。


彼が、家に帰ると、正義隊の護衛もむなしく、彼の家族は、惨殺されていた。翌日、彼の家族の不幸は新聞に大々的に報じられた。クライム団の報復と報じられたが、犯人の証拠は何一つ出てこなかった。加えて、ドクターブラックは、間も無く釈放された。ドクターブラックに関しては証拠は全て揃っているはずだったにも拘らず、それが裁判所の最終判断だった。ミスターライトの消息も一切途絶えていた。
全ては、ドンが到底太刀打ちできない巨大な力で、初めから仕組まれていたのだった。



葬式の中、ドンは、妻と息子の慰霊を見ながら、当日の朝、玄関での笑顔を思い出す。

「あなた、今日も正義の為に頑張ってね」

「パパ!応援してるよ!」

正座をしながら、太ももに置く手で、ズボンを握りしめる。

「正義?一体どこに正義があった?俺の正義はなんだった?ミスターライトが忠告していた。妻と子供の命に危険があると」

決して涙を見せない、鉄人と言われたドンの目から滝のような涙が流れる。

「妻と子供ための、正義は俺にはあったか?正義、正義、って、俺の正義は、一体、なんだったんだ!!」

泣き崩れるドンの頭に蘇るミスターライトの声。

(正義とはな、悪でもないし、もともと正義でもない。勝つから正義になる)
(男は、勝ち負けが全て。負けたら、勝者に従わないとね。そうだろ?ドン君)

その時のドンについて、関係者は語る。彼はその時、鬼の目、をしていた、と。

その通夜から、ドンは忽然と姿をけした。風の噂で、クライム団と同じ手法で闇の商売をはじめたとの情報が入った。しかし、哀れな男、ドンを逮捕しようとするものはいかなったという。