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月曜日, 2月 10

パッカーズの結成秘話③ 夢売りトムの過去


ゴールデンゲート。ひとけの多いアーケード街でもくもくと絵を描くトムがいた。いつもは風呂敷を広げておお声で客の呼び込みをしているが、今日は風呂敷も広ずに大人しくしているせいか、常連だとしても彼が誰だが分からない程だ。
そこに若者が近づいてきた。
「お兄さん。覚えてますか?前にお兄さんに夢を描いてもらったものです。フられて落ち込んでる僕に、結婚するっていう夢をくれた」
「ん?」
そこにはスーツ姿のに自由半ばの青年がたっていた。
「おー、もちろん覚えてるよ。たしか君はもう恋なんてするか、なんて言ってたよね」
「はは、そうでしたっけ?でも、今実は‥」
そう言いかけた彼に被せるかのようにトムは言った。
「左の薬指になんかハマってるね」
「そう!さすがですね。結婚したんです!お兄さんが僕に夢を下さってから、トントン拍子で話が決まって!」
「それは良かった」
トムの描いていた絵をなごめながら、青年は言う。
「ねえ、お兄さん、僕結婚したら、本当にいいお父さんになりたいんです。この間の夢は素敵だったけど、突拍子もなくお兄さんにもらった夢でした。でも、今度は僕自身で持ってる夢、いいお父さんになるという夢を絵にしてくれませんか?」
「ん、君の夢を絵に?人の夢を絵にする時は高くつくよ?」
「かまいません!お金じゃ変えない夢を頂いたおかげで今の自分がいるんですから」
「はは、よーしわかった」
何かを描き始めるトム。ふと彼はお父さんになる、とかきながら記憶の世界に引き込まれて行く。
玄関にたつ幼いトムの前に、トムの父親が靴を履いてボストンカバンをもってたっている。
「お父さん、どこにいくの?」とトムは言う。
「お腹空いたよ。ご飯いくの?それなら一緒に連れてって!」
するとお父さんはしゃがみこんでトムにいう。
「ごめんな。一緒には行けないんだ」
「なんで?連れてってよ!おなかへったよ!」
「何でかというとな、父さん失敗しちゃったんだ。遠くにいかないといけないんだ」
「失敗?何を失敗したの?」
「そうだな、思えば初めから失敗することは分かってたのかもな」
「ねえ、お父さん。ご飯連れてって!」
「ごはん、か。トム、これはな、お前をご飯に連れていけない理由じゃない。だけど、大切なこと、話しておきたいから聞いておくれ」
「トム、人と飯を食べに行くと言うものはな、いわば約束みたいなもんだ。中途半端な気持ちなら絶対に行ってはいけなかったんだ。考えてみればお父さんはそれで失敗した。これをよく覚えておくんだ。ほんとうにそいつらと仕事がしたいと思わないのなら、絶対にいくな。のりかかった船からは降りられない。たかが飯されど飯だ。心からそいつと仕事をしたい、そう思った時にはじめて人と飯をくうんだ。少しでも迷いがあるなら、いくな」
「トム。父さんは、これからお前と一緒にいてあげられない。いかないといけないんだ。お前や母さんにまで迷惑がかかるんだよ。わかるな」
「わからない!いかないで?なに?もう帰って来ないの?どういうこと?」
「お前と、最後においしいご飯食いたかったなあ。ごめんな、トム」
「お兄さん、お兄さん!」
現実の世界に引き戻されるトム。
「あ、ごめん」
手元の絵をみると、そこにはご飯を囲んで仲良く団欒する家族の絵が描かれていた。
「素敵な絵ですね!ありがとうございます!お兄さんが描いた夢、友達も持ってたんですけど、みんな叶ってるんです!すごい不思議な力が宿ってるんですね!」
気を取り戻して話をするトム。
「いつ叶うかはわからないけどね、すぐなのか、それとも遠い未来なのか」
「タンム(短夢)ってトムさんが考えたものですよね?あの、短期的な夢を、友達同士でプレゼントするっていう」
「ああ、そうだよ」
青年はポケットの定期券入れから何やらカードを引っ張り出した。そして、それをトムの目の前に提示した。
トムさんに会いに行く。実はこれ、僕が友達から持ったタンムです!笑
みるとそこには、
「夢師のトムさんに夢を売ってもらう」
と書いてあった。
「今や、タンムは社会現象ですよ。お兄さんの書いた夢も、自分で夢を書きかむタンムも、いろんな人の間でプレゼントされてますよ!」
「はは、それは良かった。みんなが夢を持って明るくなってくれれば本望さ」
「でも、その夢を兄さんが描いてる、だなんて誰も知らない。特に、今日みたいに地味にしてる時は、絶対にわかりませんよ!」
「そうかなあ。くるりと周りを見回して言うトム」
青年は時計をみると
「あ、こんな時間だ。お兄さんが夢を書き出した理由聞きたかったけど、また今度の機会に!素敵な夢、今日もありがとうございました!」
「どういたしまして。ちょっと待ってな」
トムは、青年に渡すカードの裏に
世界一幸せにする
とかいて渡す。
「君なら奥さんを世界一幸せにしてあげられるよ」
「ありがとうございます!」
「また来てくれよ!」
「一生大事にしますから!」
青年を見送ってから、つぶやくトム。
「お父さん‥か」
そして、空を見上げる。そこには、綺麗な星が輝いていた。
「今頃、どうしてんだろうなあ」
と、その横で誰かが何やらゴソゴソ準備をしているのだった。