ジョニーは人ごみを抜けて暗い路地の入り口に立ち、ウロウロ考えてる。
そして立ち止まった。
「最後、これが最後だ」
自分に言い聞かせるように何かを言うと、路地の真ん中にある腰あたりまでの高さしかないドアを開けてかがんで中に入っていく。
そして暗い階段をひたすら下って行く。
五分ばかりひたすら螺旋階段を下る。レンガ造りの壁を伝い1階ごとにあるろうそくだけを頼りにして下に下っていく。
20階近く降りたたろうか?階段がなくなったところに扉がある。
今度は、160cmくらいのそれなりの高さの胴の扉だ。扉の両脇で燃える蝋燭が、その表面を照らしている。
ジョニーは扉を開けた。
開けるとそこは舞台袖になっていた。
木造の板で張られた床に、上から垂れ下がる煙幕。舞台袖は、四角く10㎡くらいあり、入り口からトランペット、ギター、ピアノ、トランペット、ギター、ピアノとぐるりと並べられてる。ただ、まるでジョニーを導くように、舞台に続く袖には楽器はおかれておらず、舞台の明るい光を舞台袖から煙幕の間から垣間見ることができた。
舞台の向こうから群集の声が聞こえる。
ジョニーは四角い舞台袖の真ん中にギターケースを肩から下ろした。そしてギターケースの扉を上に開き、ギターを取り出した。キャップをかぶった男が無線に話しながら走り寄ってくる。「きました。ジョニーさん舞台袖入りしました」 無線をポケットに入れるとその男は開口一番、見上げるジョニーにいった。
「おい、何してたんだ?次お前の出番だぞ。メンバーズカードを、見せろ」
ポケットからカードをだすジョニー。虹色がちりばめられたような鮮やかなカードだ。
男は、カードを見ると、「OK」と言い、
「これから予約した時間には遅れないでくれよ。今日は30分だな。1万円だ」と言った。
そう言われるとポケットからクシャクシャになった1万円を取り出すジョニー。
男は、その1万円をジョニーから受け取ると、
「まいど。早く!もう舞台に上がって!」とジョニーを舞台に押し出した。
フーッと一息をいれ静かにめをつむるジョニー。
心を静めて舞台のセンターに向かう。集中したジョニーの耳には何も届かなくなり、静寂の中に自分の足音だけが鳴り響く。
コツン、
コツン、
コツン、
ジョニーが目を開ける。
彼は一瞬にして現実に引き戻される。
眩しいライトに照らされ、目の前には東京ドームを超える広さに満員のお客、その歓声の風が彼にワッ、と吹き付ける。
ジョニーの目は輝いて、口は大きな三日月みたいにニイッと笑う。そして手はギターをかきならし、喉、いや体全体は歌を、まるで群衆にダイブしてくかのように歌い始めた。
東京ドームの満員の客は彼の声でさらに熱狂した。
観客が全員起立して曲を聞く中、ガラスが貼られた部屋から静かにそれを観察するように見るスーツ姿の男がいた。
顎鬚は二ミリ程度にきれいに整えられており、舞台の赤や黄色の照明を反射させるアイドロップのサングラスをしている。彼は、ここのオーナー、ドン。
ガチャとドアが開く。ドアを開けたのはトムだった。
「やあ、久しぶりだね、トム」
ドンは、会場を眺めつつ、振り返りもせずにそう言った。
「おっさん。今日は話があってきたんだ」
トムはドンの椅子を自分のほうへくるりと回した。
「なんだ?またやる気になったか?舞台に上がって?」
ドンはくるりと舞台に向きなおる。
それを追いかけるようにトムは、ドンの前に回る。
「いや、違うよ。今歌ってる奴、ジョニーを俺の仲間にした。だから、あいつを解放してやって欲しい」
「解放?ハッハッハ!!まるで束縛してるみたいに。俺はしてないぞ。お前も分かってるはずだろう?あいつが勝手にここにくるんだ。実に楽しそうじゃないか。ほら、すごく楽しそうに歌っている」
舞台の上では、ジョニーが実に爽快に歌っている。ジョニーがジャンプすれば会場もジャンプする。大盛り上がりである。
「お前にはあそこで歌う気持ちがわかんないんだろうな。お金を出してでも人前で歌いたいミュージシャンの気持ちを。歌いおわった後の虚しさも」 トムはこぶしを握り締める。
「笑わせるねえ。なんだ、それは。そんなに嫌なら君も早く捨てればいいのに。メンバーズカード。ここに入ってこれたという事は、持ってるんだろう?」
「ああ、持ってるよ。だけど、あそこで歌いたいわけじゃない。歌いたくもない歌を歌うくらいなら、だれも聞いてなくても、自分の歌を歌った方がマシだ」
「哀れだねえ。ステージの快感を味わって、またいつか一度くらいと淡い期待を持ってカードを捨てられてないくせに、綺麗事か?捨てればいいじゃないか。だが、その時すべてを失うぞ?叶っていた夢を手放す事になるんだからな」
ドン!と虹色のカードを机の上に置くトム。
「これ、返すよ」
フフフ、と笑うドン。
「もう二度と出られなくなるんだぞ?ステージ。馬鹿だねえ。あれがあれば歌えたのに」
「まあ、いい」
ドンは机の上からメンバーズカードを手に取った。
「最期に教えて置いてやろうか?お前がステージを辞めた時、観客がすごい減ったよ」
「なんだと?どういうことだ?」 戸惑うトム。
「君は何も知らないのかもしれないけどねえ、ま、僕が言ってないだけなんだけどさあ。ここにいる観客。一体だれの為にきてると思う?」
ドンはカードで会場をゆびさす。
「お前が用意したんだろ。お金を払って。俺たちみたいなミュージシャンをひきつける為に、満員の観客を用意して、俺達に毎日通うように仕向けて、金を巻き上げる為に!」
傍聴席の窓ガラスをたたくトム。
「違うねえ。僕たちは君たちのお金なんて鼻から求めていないんだよ」
「うそをつけ!」
「君は三十分いくらで歌ってるんだい?」
なめ上げるようにトムを見げながらドンは言った。
「一回1万円だろ」 答えるトム。
「はは、そんなはした金で観客全員の出席料を払えると思うかい?」
「もちろん、君が始めてきた時は、君のファンなんてどこにもいない。でもね、俺もプロでさあ。人を歓喜させて奮い立たせるような声を持つ奴らにしかここに誘わないんだよ。ここに来て歌うやつらは、そういう特殊な声を持ってるやつらばかりなんだよ。そして観客もその特殊な声をききたくてやってくる人々ばかりなんだ。世界中からね。つまり、彼らもお金を払ってるんだよ。そしてね、やはりファンなんだよ、出演してるミュージシャンのどれかのね。君もかなりのファンを持っていたようだね。君が歌わなくなってから約1割客が減ったよ」
「なに?」 眉間にしわを寄せるトム。
舞台の真ん中で歌うジョニーを見つめながらドンは言う。
「ジョニー。彼は逸材だよ。お前とタイプが違うけど。あいつが入ってから観客が1.5倍に増えたからね?信じられるか?そんなことあり得ないとおもったよ。でも、増えたんだ」
「なぁ、トム。馬鹿な悪あがきはよして、もう一度舞台に上がるんだ。お前を待ってるファンはたくさんいるぞ。今ならカードを返してやる。お前はこのカードがなければすべてを失うんだぞ?それでいいのか?」
そういわれるとトムは、カードをドンから取り上げた。
そしてびりびりとやぶいた。
「すべてを失っても好きでもない歌は歌いたくない。ここではもう歌わない。俺は信頼出来る仲間を見つけて、自分の力で歌を歌う」
「信頼出来る仲間だったか?みつかるといいねえ?まさか、いない奴は破らないからね?」
「今に出来るさ」
その場をあとにするトム。
ドンは会場を眺めながら、部屋を後にするジョニーを背に言う。
「ジョニーのリクルート、がんばるんだな。あいつはそこらへんの薬物依存者よりステージに依存しているぞ。やれるもんならやってみな」
ー30分後ー
ライブを終えて、腰の高さの扉からかがんで出てくるジョニー。
その扉の横でレンガの壁にもたれながらトムがジョニーに声をかける。
「待ってたよ」
ジョニーはかがみ腰で扉から出ながら、トムを見上げる。
「あ、さっきの。こ、ここでなにを?」
ジョニーが扉から出ると、トムはジョニーの前に立った。
「おれ、もと、ここの、クラブメンバー」
「え?そうなんですか?」
「あの夢、売ったる。ただで売ってやるから一緒にかなえようや」
「え?」
「お前、ここで歌うといつも後悔しないか?」
「え・・・」
「おれはそうだったよ。自分の歌は歌えないだろう。カラオケみたいなものを歌わされてよ。そりゃあ気持ちいいよ。それこそプロになった気分を味わえるんだからな。でも、本当にそれで満足してるか?偽者の世界でプロになって実力をみとめられてるごっこをして本当にそれがおまえの夢か?」
「・・・・」
「俺が言いたいのはな、目を覚ませってことだ。人の歌を歌ってみんなにもてはやされるより、俺は誰も聞いてくれなくても自分の歌を歌っていたい。人からもらえるものなんて、それがいくら大金でもなんの価値もないさ。俺は、どんなに、カッコ悪くたって、どんなに貧乏だって信じたことをやれる奴でいたい」
「あなたには何もわからないよ。俺がどんな思いでいるか」 ジョニーは下を向く。
「それはわからない。でもあんたには夢があるだろう。本当の。俺から買わなくなたって、自分自身の力でプロになるって夢が」
「とりあえず、ここの地図渡しておく。世界で歌う。それが俺の夢。自分自身の力でプロになる、それがあんたの夢。俺と一緒にそれぞれの夢をかなえたかったらここにきてくれ。銀河っていう喫茶店だ。そこでバンドメンバーを集めてる。あと一人くる予定だ」
地図をジョニーの手に渡すとその場をあとにするトム。
「あ、それと、俺はメンバーズカード、捨てたよ。仲間になるかならないか関係なく、音楽に本気で生きたい、そう思うなら、メンバーズカード、捨てたほうがいいぞ」
パッカーズの結成秘話③ 夢売りトムの過去 へ続く