トムの横で青年がマイクスタンドをスタンバイしはじめていた。彼の名をマイケルという。
物静かそうで、優しい顔をした青年である。
トムがすかさず言う。
「おい、おい、おい、ちょっと、ここ。邪魔になるから他でやってくれねえか?」
マイケルは一瞬止まって、そして言った。
「え‥。あなたは誰ですか?」
「俺は、ここで商売やってるんだよ。お客さんがこなくなっちゃうだろ。ここではやめてくれよ」
マイケルはぐるりとあたりを見渡していった。
「ここあなたの道じゃないですよね?僕はここでやりたいと思ったから、ここでやります」
「何言ってんだ。俺はずっと前からここにいるんだよ。先約してるんだよ、場所を!」
マイケルは、トムの目もみずにフロアタイルの枯葉を足で払いのけてる。
「たしかにその風呂敷広げてるばしょはあなたが先約してるかもしれない。でもこっちの僕がマイク置いた場所は僕がさっき先約しました」
風呂敷の横ギリギリにギターケースとスピーカーを置くマイケル。マイクを設置し終わって、ギターをかたに下げる。
ちゃちゃをいれられる前に歌ってしまえ!と言わんばかりにギターをかき鳴らし、歌を歌いはじめるマイケル。曲はとてもアップテンポ。ただ、マイケルの声は柔らかくアーケード街に響いた。
「♪勝つ!勝つ!勝つ!
気持ちで勝つ!
きっと体に染み付いてるから、あとは暴れるだけ!
走れ、走れ、走れ!
あしを引っ張る地面蹴飛ばして
泳げ、泳げ、泳げ!
まとわりつくものかき分けて!
騒げ、騒げ、騒げ!
張り詰めた空気を震わせて!
地球上の頂点を勝ちとるぞ!
イェー、イェー、イェーイ!
イェー、イェー、イェーイ!♪」
彼の声を誘われてどんどん人だかりができて行く。
「♪勝つ!勝つ!勝つ!
とにかく勝つ!
声を出しまくって、魂の思いを伝えるだけ!♪」
もう人がごった返しでトムは場所を追いやられる程だ。
「♪飛べ!飛べ!飛べ!
向かい風なんて切り裂いて
投げろ!投げろ!投げろ!
のしかかる重みなど振り回し
騒げ、騒げ、騒げ!
張り詰めた空気を震わせて!
宇宙の頂点を勝ちとるぞ!
イェー、イェー、イェーイ!
イェー、イェー、イェーイ!♪」
マイケルが歌い終わると、あたりはしんと静まりかえっていた。
これだけの人だかりなのに拍手のひとつもない。
それもそのはず、観客は全員、寝ていた。
「はぁ、またか‥」
肩を落とすマイケルの背中に、トムが座りながら、声を掛ける。
「おい、お前、すごい歌唱力だな」
マイケルは、トム無視して、ギターを下ろして座り込む。
そして、ふー。とおおきなため息をつく。
「からかってるんですか?見て下さいよ。観客」
全員、眠っている。
「はは、だろうな」 笑うトム。
「どんな路上ミュージシャンみてもこんなことないですよ?退屈なんですよ」
トムは横で足を投げ出すマイケルに言う。
「退屈して寝てるんじゃないと思うぞ
歌もいい。声もいい。だけど、歌と声がマッチしてねえ。それだけだ」
マイケルは、眠りから覚め始める観客を見渡しながら空返事をする。
「語りますね」
「まあ、聞け。俺はここで何人ものストリートシンガーを見てる。その中でも、お前の歌を聞いて感激したから言うぞ。お前は、素人の俺でもわかるくらいすごい声を持ってる。こいつらは退屈して寝てるんじゃない。癒されたんだよ。お前の声に」
マイケルは、トムを振り返る。
「はあ?」
「歌は、正直癒しの歌じゃない、曲調だって全然違う。普通に歌えば、みんなが飛び上がってしまう曲だ。にもかかわらず全員が寝ている。その理由はお前の声にある」
マイケルは、言葉をうしなう。
だまってマイケルをみるトム。
「なあ、お前。俺と、組まねえか?」
「は?」
「俺と組もう。組んで世界を回ろうぜ?」
「え?どういうこと?」
「俺、あー、そうだよな。自己紹介くらいしろ。そうだろ?
俺はトム。俺も昔は音楽をやってた。今は・・・夢のために活動中だ」
マイケルは、頭をかく。
「えーと。まあ、そういうことじゃないんだけど」
「なんだよ?変か?急に誘ったら」
トムも頭をかく。
「だって、おれあなたのこと知らないし。まず第一に馬が合うかわからないし、音楽の方向性だって同じかわかんないし」
「分かった。音楽のジャンルでいうとな、なんだろうな?新しいジャンルをつくることを目指してた。世界に影響するような新しいジャンルを」
「うーん。というよりも、俺が言ってるのは自己紹介とかじゃなくてさ、こう、なていうのかな、そういうのって今ここでわかるものじゃないし。ほら、時間が必要じゃん?どこかで、以前から知ってる、とか何処かしらでなんらかの繋がりがある、とかならわかるけどさ」
「わかってる。おれもそれは同じ。君はすごい声もってる、それ以外のつながりは一切ないかもしれない。それだけしかわからない。俺だって、用心深いたちだ。あんたと本当に手を組んでいいか見極めてるところだ。でも、人としての馬が合うか合わないかはあとで決めればいいんじゃないか?音楽の方向性でも合えばとりあえず音楽活動くらいは一緒にできないか?」
「んー、とりあえずでいけばね。そうかもしれないね」
「今までは、仲間が見つからなかった。そこらへんでやってる音楽ならどいつと組んでも良かったんだ。でも、俺のやりたい音楽は一味違う。仲間と作った音楽を世界中で響かせたい。世界中どの国でも聞かれるような、どこにでも通じるような、そんな歌を作りたいんだ」
「ふーん」
「世界各国に回るんだ。例えばニューヨーク、あそこで歌う。それから、サバンナのど真ん中で、北京の中心街で」
「ほう」
「これ、みてくれ、ちょうどこんな感じだよ。
トムは、「世界を回りながら歌を歌う夢」と書かれた絵を差し出す」
マイケルは、その絵を手に取る。
そして黙りこんだあとにぼそっという。
「いい夢だね」
「だろ」
「何してる人かよくわからないけど、絵、うまいね」
「一緒に世界を回らないか?君の声は、癒しの声。色でいうとそうだな、緑かな。俺はもう一人仲間にしようと思ってるやつがいる。そいつの声は、聞いてる人の魂を奮い立たせる声。色で言うと赤だ。そいつとお前の声は最高のブレンドになる。
いいか、ここまでの話を聞いて興味があったらここにきてくれ。銀河っていう喫茶店がある。そこに明日の9時にチーム結成の会議をする」
トムはマイケルに「銀河」という喫茶店の地図を渡す。
「まあ、考えておきます」マイケルはいう。
マイケルはマイクスタンドをバッグにしまいギターをしまった。
そして、ギターケースとバッグを担ぐとトムに言った。
「考えるよ。正直、まったく過去にかかわりがなかった人と急に音楽をやるとか抵抗あるし」
「おう、前向きにね」
トムを背に金銀駅に向かうマイケル。
不思議な出会いだったなぁ、とマイケルは思う。
金銀駅の入り口まで来たとき、中のほうにある改札をみて、切符を買う為にさっと財布を開けた。
と、同時に財布から一枚の紙がひらりと落ちた。
タンムだった。そこには、こう書いてあった。
「乗り気じゃなくてもとりあえずやってみる」
タンムを右手で拾い上げて、左手に持つ銀河の地図をみる。
そして大きくため息をつく。
「でも、あの人となんのかかわりもないしなあ‥」
マイケルは、金銀駅の入り口の前で空を見上げる。
そこには、真っ黒でキラキラと光る銀河が広がっていた。マイケルは、タンムの作者が、まさかトムであり、タンムを通して関わり合いがあることを、この時点では全く気付いていないのだった。