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金曜日, 2月 7

パッカーズの結成秘話⑥ 大切なもの

トムがアルテメッドクラブのドンの部屋にかけつけるとそこには、社長いすに座るドンとその机の前にたたされているジョニーがいた。部屋から見渡せる舞台ではマイケルがとても気持ちよさそうに歌っていた。観客は左右に揺れ、マイケルの声に癒されているようだった。
「ドン!一体どういうつもりだ!」
トムは開口一番叫んだ。
ドンは、座ったまま、トムに答える。
「やぁ、トム。ちょうどいいところにきた。君からも言ってくれないか。
もう曲は作らなくていいということを」
トムに見向きもせず、ジョニーは両手を広げて必死にドンに訴える。
「お願いします。もし、ドンさんが言うように、僕にファンがいるのなら、きっと喜んでくれると思います。自分の歌、歌わせてください。そしたら、曲を準備いただく手間も省けますし」
「いくら言っても駄目だ。ねぇ、トム、どう思う?」ドンは言う。
トムは、ドンの方を向くジョニーに言う。
「ジョニー、俺と一緒に行こう。ドンは、俺の仲間じゃないんだ」
ピタリとジョニーの動きが止まる。
「知ってるよ」
ドンがにやりと笑う。
「だけど、俺はここに残る」
ジョニーはそう、はっきりと言って、トムを見た。
「ここに残る?お前言ってたじゃないか。音楽を通して自分の想いを伝えたいって。ミュージシャンが想いを伝えるのは声を通してだけじゃない。声やメロディーや歌詞や全てを使って自分の想いを伝えるんだ。ここにいたら自分の歌は歌えないぞ。声だけじゃお前の想いは届かないぞ。俺はお前の目を見た瞬間、どこのミュージシャンよりも想いが溢れていることがわかった。だから一緒に音楽をやりたい。そう思った。それでいいのか?」
「あんたの絵には不思議な力がある。諦めて心の奥底にしまっていた本当の夢に気づかせてくれる。だから、あの時、世界を回るという夢を見たとき。あの絵がほしいと思ったんだ。きっと、心から歌が歌えると思ったから」
「じゃあ・・・」 トムは手を差し伸べる。
「だけど、俺はここに自分のファンが少しでもいることを知った今、中途半端にやめることはできない。ここには、俺を待ってくれるファンの人たちがいるから」
ガハハと笑う。
「その心行き気に入ったぞ」
ジョニーは、ドンに一礼する。
「ありがとうございます」
「だがなぁ、やっぱりこれはだめだ」
作曲集と書いてあるノートを手にとるドン。それは、ジョニーが銀河でも書き込んでいた過去から歌を蓄積してきたノートだった。
「お前には声に集中してほしいんだ。それに、こんなものがあると、裏切りのもとだ。今回みたいなね」
そいういうと、ドンは作曲集にライターで火をつけた。
「あ!」
ジョニーは一歩前に乗り出す。
「おい!何をする!」
ノートを取り上げようとつかみかかった手をさらりとかわしてドンは言う。
「なんだあ?態度が悪いぞ。これも燃やすぞ?」
そういってドンは虹色のカードを手に取る。それは、ジョニーのメンバーズカードだった。
「お前は裏切ろうとしたな。本当だったら永久追放のところを今回特別に許してやるんだぞ?なんか文句があるか?」
ノートはパチパチと音を立てて燃える。炎はノートからノートに燃え移り大きくなった。
(いつか有名になったらお客さんを飽きさせないように、色んな歌を作っておくんだ)
ジョニーは唇をかみ締めこぶしを振り上げる。だが、震える手を押さえ、顔を伏せる。
「いいえ、ありません」
伏せた顔からはしずくが零れ落ちる。
ガハハ!
「なんてことを‥」
トムは怒りに震える。
ドンは時計を見る。
「時間だよ、ジョニー」

「はい、行ってきます」
トムとすれ違い様にジョニーはうつむいたまま立ち止まり言った。
「悪かったね。夢・・・、かなえられるといいね」
コツ、コツ、コツ。ジョニーが出口に向かう。
ジョニーがちょうどドアの前に差し掛かった時、トムは言った。
「お前が、俺に語ったことはうそだったのか?」
そして、部屋中に響き渡る声でトムは言った。
「いいなりになって歌って想いを届けられるわけねえだろ!」
今度は、ジョニーが、叫ぶ
「うるせぇ!」
ジョニーが振り向く。振り向いたジョニーの目からは涙が流れ続けていた。
「本当の想いを届けたくったって、術が残されてなければ、今やれることをやるしかねえだろ」

バタン。ドアが閉まる。
「ドン‥血も涙もないのか」
トムは、ドンを睨みつける。

「トム・・・。いつまでも夢をみるのはやめろ。ジョニーみたいにもっと現実的にならなきゃなぁ。もっとも、俺にも昔、夢とにたようなもんを信じてたころがあったなぁ」

上を見上げて、そして恥じるように鼻で笑うドン。
それを、じっと睨みつけるトム。
舞台の歓声が遠くから聞こえてくる。マイケルがおじぎをしている。
「トム、安心しろ。あいつらのポテンシャルは120%利用してやる。お前の言うとおり、ジョニーとマイケルの声は最高のブレンドになるからな」
演奏が終わったのに、マイケルは舞台袖にはけずに舞台の真ん中でたっていた。誰かを待つかのように。そして、しばらくすると舞台にジョニーが上がる。

「ユニットにしたよ。彼らを」
観客は大盛り上がりになる。


「おい、ドン!」

「それがお前の正義か?」
ドンは、視点を合わせることなく、その言葉を受け流している。
「お前がお前のやり方でやるなら俺は俺なりのやり方でお前と真っ向から戦ってやる。覚悟しろ」
トムは部屋を後にする。

ドンは、舞台のほうに向き直る。
舞台ではジョニーとトムは歌っている。心に痛みを抱えながら。

ふと、トムの言葉が頭に浮かぶ。
(それがお前の正義か?)
とその瞬間、思い切り机を殴りつけるドン。
「正義?夢?そんなもんで何かを変えられると勘違いをしている馬鹿が!やれるもんならやってみろ!叩き潰してやる!」